メディカルリサーチ株式会社

事例紹介20

交通事故後に長引く症状は脳脊髄液減少症か?

【事案の概要】

鑑定対象者:K氏 50代 男性

K氏は事故の相手方を被告として損害賠償請求訴訟を提起。
被告側は、K氏の脳脊髄液減少症の診断を否定。
K氏の代理人弁護士より、K氏の「脳脊髄液減少症」診断の妥当性、後遺障害該当性について医学鑑定の依頼となった。

※脳脊髄液減少症:脳脊髄液腔から脳脊髄液(髄液)が持続的あるいは断続的に硬膜外に漏出したり、脱水などにより失われることによって髄液が減少し、起立時に脳が下方へ牽引されることで、頭痛を主症状として、頚部痛、めまい、耳鳴り、倦怠感などさまざまな症状を呈する病態を言う。現時点ではその発症機序や原因には不明な点が多く、診断においては医師によっても考え方が異なる。脳脊髄液漏出症や低髄液圧症候群(低髄液圧症)とも呼ばれる。

【検討のポイント】

K氏の脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)は認められるか?
脳神経外科医による精査を開始。

1.K氏の症状を診断基準に照らすと

・日本脳神経外傷学会により2010年に公表された、外傷に伴う低髄液圧症候群の診断基準として、「起立性頭痛」と「体位による症状の変化」が「外傷後30日以内に発症し、外傷以外の原因が否定的(医原性は除く)」としている。

・「厚労省の脳脊髄液減少症の診断・治療に関する研究班」が2011年に公表した「脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準」の中の「低髄液圧症の診断基準」によると、低髄圧症を『確定』あるいは『確実』と診断する上で「起立性頭痛」を前提としていることが示されている。

→事故後にA氏が受診した病院の診療録によると、K氏が事故後30日以内に「起立性頭痛」あるいは、「体位による症状の変化」を訴えていたことは認められず、K氏を診療した脳神経外科医師も、「低髄液圧症候群に典型的な症状は認められない」との判断を示している。


2.K氏の画像所見を診断基準に照らすと

・学会診断基準では、「造影MRIでびまん性の硬膜肥厚増強」が含まれており、厚労省診断基準でも「びまん性の硬膜造影所見」を低髄液圧症の『強疑』所見としている。

・厚労省診断基準では、「びまん性の硬膜造影所見」の判定基準として、「硬膜に両側対称性にびまん性かつ連続性に造影効果と硬膜の肥厚を認める」としている。

→K氏の頭部造影MRIでは、びまん性の硬膜肥厚増強を認めていない。
硬膜の一部に造影効果を認めるものの「びまん性」とは言えない。
このことより、A氏の頭部造影MRI所見では、低髄液圧症候群の診断基準に当てはまるとはいえない。


3.治療効果から検討すると

厚生労働省診断基準の脳脊髄液漏出症『確実』または『確定』に該当する例に対して実施する『ブラッドパッチ』という治療がある。このブラッドパッチの有効性について、「脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する研究班」の報告書によると、画像判定で厚労省診断基準の確実以上とされた例に対しブラッドパッチを実施したところ、全例で治癒または軽快したとされている。

→K氏もこの治療を受けていた。しかし、K氏はブラッドパッチ後、「横になっても頭痛がある」「治りにくくなった気がする」と訴えており、ブラッドパッチは無効であったと言える。

【鑑定結果】

K氏は事故による外傷に伴う脳脊髄液減少症には該当しないと言え、K氏の諸症状も脳脊髄液減少症によるものとは言えない、という結果となった。

【K氏の症例を踏まえて】

ではなぜ、K氏の担当医は「脳脊髄液減少症」という診断名をつけたのでしょうか?
医師が検査や治療を行った際、それらに関する医療費を保険請求するためには、それらの検査や治療が必要かつ適切なものであったとするため、各検査や治療に適応した診断名をつけなければなりません。特定の診断名をつけていないと、保険診療で実施できない検査や治療もあるのです。このように、検査や治療のためにつけられる診断名を「保険病名」や「レセプト(診療報酬明細書)病名」などと呼ぶこともあります。
つまり、病院から取り寄せた医療記録に含まれる「診断名」や「傷病名」には、保険診療として認められるためにつけられただけで、実際の患者さんの病状に則していないものが含まれている可能性があるのです。
「診断名」だけにとらわれず、症状経過や各検査の所見を、専門医の視点でしっかり見極めることが大切です!

以上