メディカルリサーチ株式会社

事例紹介13

内容の異なる複数の自筆証書遺言。被相続人に遺言能力はあったのか?
遺言作成時の認知症の重症度を踏まえて検討したケース。

【事案の概要】

ご依頼者:遺言無効確認請求訴訟の原告側相続人
被相続人S氏:遺言作成当時90代 女性

S氏は生前、70代で公正証書遺言を作成していたにも関わらず、それ以降、3年の間に、3通の自筆証書遺言を残していた。
S氏には複数名の法定相続人が存在しており、残された遺言書はそれぞれ異なる内容であった。
S氏は、3通の自筆証書遺言を残したその間に、アルツハイマー型認知症として診断を受けており、認知症治療薬を服用開始していた。

2通目の自筆証書遺言作成時(平成2年)と3通目の自筆証書遺言作成時(平成3年)、S氏に遺言能力はあったのか、S氏の死後、相続人同士が遺言書の有効性を争い訴訟に発展。
原告側相続人からの鑑定依頼となった。

*遺言能力・・・遺言を残す本人が、遺言の内容を理解して、その結果、自分の死後にどのようなことが起きるかを理解することができる能力

【この事例における認知症重症度の判断指標】

①改訂長谷川式認知症スケール(日本国内の多くの医療機関で使用されている易的認知機能検査)
→S氏は、平成3年6月に10点であった。


②FAST(アルツハイマー型認知症患者の認知機能低下の程度を知る指標)
平成2年 冷蔵庫に古い食品が溜まっている、薬の飲み忘れ
平成3年 尿失禁や便失禁、汚れた下着の放置、既に亡くなった家族を探す、家の場所が分からなくなる
介護日誌に記載された以上の行動をFASTに当てはめると、FAST 6(やや高度のアルツハイマー型認知症)に該当する。


③頭部MRI、頭部CT:(脳の萎縮の程度を知る)
平成2年から両側海馬を含む脳のびまん性萎縮を認めた。
平成3年には進行した顕著な脳萎縮を認めた。


S氏の場合、平成2年にアルツハイマー型認知症と診断された際の認知機能検査の結果で高度の認知機能の低下を認め、既に中等度のアルツハイマー型認知症と判定されている。
それに加え、FASTによる認知症の進行度判定によれば、平成2年から平成3年時点ではやや高度のアルツハイマー型認知症になっていた可能性が高い。

MMSE HDS-R FAST
軽度AD 16.6±3.9 19.1±5.0 5
中等度AD 14.4±4.1 15.4±3.7 6
高度AD 8.7±3.9 10.7±5.4 6~7

表1:各種検査とアルツハイマー型認知症(AD)の重症度の関連
(注)MMSE:世界中で最も用いられている認知症の検査で、認知機能のレベルを点数化し、客観的に把握できる

【鑑定結果】

症状や各種検査結果から、S氏は平成2年には既に中等度のアルツハイマー型認知症に罹患していたことが確認できる。
さらにアルツハイマー型認知症の病状は進行性であり、平成3年には高度のアルツハイマー型認知症になっていた可能性が高い。
高度のアルツハイマー型認知症では、意思決定能力および意思の伝達能力に関しても十分ではなかったと推定される。
また、数年前に亡くなった家族を探すなどの行動からは、自身が既に遺言書を作成したこと自体を忘れている可能性が推測できる。さらに認知機能や意思決定能力が低下すると、他者の誘導に従った行動をとりやすくなることもあり、これらが内容の異なる遺言書が作成された要因となった可能性がある。

以上より、平成2年および平成3年当時、B氏には遺言能力は無かったと言える、との内容の神経内科専門医による意見書を作成した。

さらに、客観的に脳の萎縮が進行していたことを示すため、画像読影を専門とする放射線科専門医による画像の鑑定報告書を作成した。

以上